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静岡地方裁判所沼津支部 昭和59年(た)1号 決定

請求人 長嶋二良

昭一〇・三・三〇生 会社員

主文

本件について再審を開始する。

理由

第一確定判決の存在

静岡地方裁判所下田支部昭和五七年(わ)第二四号被告人長嶋二良(本件請求人)に対する詐欺被告事件の確定記録(以下、本件確定記録という。)によれば、請求人は、昭和五七年三月三〇日、静岡地方裁判所下田支部に詐欺罪で起訴され、同年九月二日、同裁判所支部は、左記二の証拠に基づき、左記一の罪となるべき事実を認定したうえで、請求人を懲役一〇月に処し、未決勾留日数一五〇日を右刑に算入する旨の有罪判決を下し、右判決は、同月一七日確定した(以下、確定判決という。)ことが認められる。

一  確定判決が認定した罪となるべき事実

被告人は、民宿「梶清」こと佐々木寿の名を利用して取引名下に酒店から缶ビールを騙取しようと企て、昭和五六年七月二八日午前九時一〇分ころ、下田市東本郷一丁目一九番一六号所在の白井商店こと経営者白井昇(当二八年)方に電話を掛け、応対に出た同人に対し、真実右「梶清」の使用人が注文しているように装いながら、「梶清ですが、サントリー缶二〇ケースとキリン缶三〇ケースを用意しておいてください。いまから取りに行くから。」等と虚構の事実を申し向け、右白井をして、その旨誤信させたうえ、同日午前一〇時ころと同一〇時三〇分ころの二回にわたり、右白井商店店舗において、右白井ほか一名から、サントリー缶入りビール二〇ケース及びキリン缶入りビール三〇ケース(時価合計二二二、〇〇〇円相当)の交付を受けてこれを騙取したものである。

二  確定判決が右事実の認定に用いた証拠

1  証人白井昇、同白井光子、同勝間田治、同佐々木寿の当公判廷における供述

2  天野雄二の司法警察員に対する供述調書二通(記録には昭和五六年八月七日付、同月一八日付、同月二八日付の三通が編綴され、また確定判決には前二者の証拠が挙示されているが、証拠等関係カードの記載から、同月一八日付調書の不同意部分を除いた部分のみが事実認定に供すべきものと解される。)

3  司法巡査作成の通常逮捕手続書

第二再審請求理由並びに検察官の意見

一  再審請求理由

本件再審請求の理由は、弁護人作成の再審請求書、昭和五九年四月四日付・同年八月二二日付各上申書、再審理由補充申立書、同(二)、意見書及び請求人作成の昭和五九年五月付・同年一二月一八日付各上申書にそれぞれ記載されたとおりであるが、その要旨は以下のとおりである。

1  請求人は、前記第一の確定判決が認定した罪となるべき事実(以下、本件という。)について、右事件の捜査・公判を通じて一貫してこれを否認していたが、同事件の有罪判決が確定して服役したのち、右事件が起こる前まで請求人と同様に天野雄二に雇われて下田市白浜の売店で稼働していた小林昭三を捜し出し、同人から、本件が同人の単独犯行によるもので請求人は何らこれに関与していない旨の供述が得られたものである。

2  後記第三に摘示する証拠中の三和銀行阿佐ヶ谷支店の普通預金・総合口座お預入れ票(写)及び同銀行同支店の総合口座通帳(写)の各記載によれば、本件犯行の前日である昭和五六年七月二七日、同銀行同支店の普通預金口座に請求人名義で現金七万五〇〇〇円の入金がなされていること、また、同証拠中の杉並電話局第一営業課長古田壽一の名刺(写)の裏面及び同電話局の電話の新規・移転申込書の各記載によれば、本件犯行の当日である同月二八日、同電話局に対し請求人名義で電話の申込がなされていることがそれぞれ認められる。

3  右の各書証は、本件犯行が行われた日時ころ、請求人が東京都内におり犯行場所である下田市内にはいなかつたことを明らかにするものであり、また小林の前記供述は、本件が同人の単独犯行によるものであつて請求人は何らこれに関与していないことを明らかにするものであるが、更に右各証拠は、確定判決が請求人と本件犯行とを結びつける直接の証拠としてこれに依拠したと思料される原審公判廷における証人白井昇、同白井光子による請求人が右両名から本件被害品の交付を受けたとする各供述及び同証人勝間田治による請求人から本件被害品を買い受けたとする供述の信用性を喪失させるものであり、以上によれば、本件につき請求人を有罪と認定した確定判決は誤りで、請求人に対しては無罪を言い渡すべきことが明らかであるから、再審開始決定を求める。

二  検察官の意見

本件再審請求に対する検察官の意見は、検察官作成の意見書二通にそれぞれ記載されたとおりであるが、このうち、後に提出された昭和六〇年八月三〇日付意見書には、本件再審請求審において取り調べた各証拠に基づき、然るべく決定すべきものとされている。

第三当裁判所が取調べた証拠(略)

第四当裁判所の判断

一  はじめに

確定判決は、請求人が犯人であることについて特段の説示をしていないが、本件確定記録を検討してみても、確定判決挙示の証拠以外に請求人を犯人とする証拠はなく、右挙示の証拠を通覧すると、原審証人白井昇、同白井光子及び同勝間田治は異口同音に犯人が請求人であるとしており、天野雄二の前示警察官調書は、被害者である白井昇ら及び被害品の処分先である勝間田治の供述から犯人が請求人及び小林昭三であると推定したものであつて、天野調書の信用性はつまるところ右白井及び勝間田らの調書のそれに帰着することとなる。また請求人は捜査・公判を通じ一貫して本件犯行を否認しているが、ただ、請求人に対する通常逮捕手続書の「逮捕の状況」の項には請求人が捜査官から「君は昨年七月二八日下田市の白井商店から缶ビール等を詐欺したことで逮捕状が出ている。」と告げられたのに対し「確かにその事実はありましたが友達から頼まれたので、悪いことはしていないつもりです。」と応答した旨の記載があり、この供述記載をどのように理解するかが一応問題となるものと思われる。

結局、本件審理の重点は、右指摘から明らかなように、確定判決上請求人が本件詐欺の犯人であるとする証拠としては、証人白井昇、同白井光子及び同勝間田治の原審公判廷における各供述及び請求人の通常逮捕手続書中の請求人の供述に関する記載に尽きるので、これらの証拠によつて認定された確定判決認定事実の正当性が前掲の真犯人と称する小林昭三の供述及び請求人のアリバイに関する証拠によつて動揺し、合理的な疑いを生ずることになれば再審を開始すべきことになり、そうでなければ、請求人の本件請求は理由がないことになるので、以下、この点につき検討することとする。

二  請求人は、本件再審請求の理由として、まず第一に、小林昭三が、自己が本件犯行の真犯人であつて請求人はこれに関与していない旨の供述をしている点を挙げるので、以下、本件の事件発生から再審請求に至るまでの経緯を認定したうえで、これを踏まえて右小林昭三の供述について検討することとする。

1  事件発生から再審請求までの経緯

前掲証拠中の関係各証拠によれば、

(一) 請求人は、東京都内の東興地所株式会社に営業係として勤務していたところ、同僚の天野雄二から下田で海水浴客相手の売店を開きたいので手伝つてくれないかともちかけられたことからこれに応じて同社を退職し、昭和五六年六月下旬ころから、天野が下田市白浜の民宿梶清を経営する佐々木寿の所有する敷地の一角を借りて開いた売店で、天野の知人の紹介で雇い入れた小林昭三とともに稼働していたが、売店の売上が当初の期待に反したことなどから、請求人は同年七月二六日ころ辞めたこと。

(二) 天野は、同年八月二日、下田市内の岩瀬商事株式会社の者から、梶清の従業員を装った男に同年七月一三日と八月一日の二回にわたり缶ジュース等を売り渡したことを知らされ、また、梶清と取引のあつた白井商店に問い合わせたところ、梶清の者と名乗る男から注文を受け、本件被害品である缶ビール五〇ケースを売り渡した旨の回答を受け、いずれも代金を後払いとしていたことから、請求人と小林の二人が買掛名下にこれらを騙し取つたものと判断し、同年八月七日、静岡県警察下田警察署に対し、その旨の申告を行つたこと。

(三) そこで同警察署において捜査したところ、小林については人定事項を特定することができなかつた(天野は同人のことを小林正二としか聞いておらず、右事件が発覚したため知人に問合わせたがそれ以上に身上関係・所在とも判明しなかつた。)が、請求人については元の勤務先への照会等の結果人定事項を特定することができたため、本件被害にかかる缶ビールを犯人に交付した白井昇と白井光子や右被害品を犯人から買い受けた勝間田治に対し、請求人を含めた六人の男の顔写真を貼付した写真帳を示したところ、いずれも請求人に間違いない旨の供述が得られたことから、請求人についてのみ本件を被疑事実とする逮捕状が発付され、請求人は、昭和五七年三月八日、運転免許の更新のため鮫洲試験場を訪れた機会に警視庁大井警察署において逮捕されたこと。

(四) 請求人は、右逮捕後、岩瀬商事の件について、七月一三日に小林の依頼により自己が自動車を運転して被害品を東京に運搬したことは認めたものの、本件の白井商店の件については、捜査段階及び原審公判を通じて一貫して本件への関与を否定し、既に前記売店を辞めて帰京し、犯行日とされる同月二八日には犯罪地である下田市には居なかつた旨主張していたがこれが容れられるところとはならず、昭和五七年九月二日、前記第一のとおり有罪判決を受けたが、控訴することなくその刑に服し、昭和五八年二月に右刑による服役を終えたこと。

(五) 請求人は、昭和五八年一二月二一日、小林を伴つて大井競馬場の警備員詰所に出頭し、連絡を受けた同競馬場担当の警察官の指示で大井警察署において事情聴取を受け、同署警察官に対し、本件の真犯人を捜し出したから逮捕してくれるよう申し出たが、同警察署で調査したところ、右小林が岐阜での家具の取込み詐欺の件で逮捕状が発付されていた小林昭三であることが判明したため、同人は、同日同警察署において逮捕されたこと。

(六) 小林は、右逮捕後、岐阜に身柄を移され、昭和五九年一月一一日、右詐欺罪で岐阜地方裁判所に起訴されたが、その過程で、前示の岩瀬商事からの缶ジュース等の詐欺の件も同人の犯行によるものであることが判明したため、同年二月一七日と同年三月六日、静岡地方裁判所下田支部に起訴され、岐阜地方裁判所において右各事件につき併合審理されたのち、同年六月二〇日、懲役二年六月、執行猶予五年の判決を受けたこと。

(七) 以上の経過のなかで、小林は、逮捕された大井警察署において、警察官に対し、請求人は本件に関与していない旨供述し、岐阜地方裁判所での公判係属中、岐阜拘置所において面会した本件再審請求の弁護人中津靖夫に対し、また、同裁判所における被告人質問の際にも、本件は自己の単独犯行によるもので請求人は関与していない旨それぞれ供述するに至つたこと。

以上の各事実が認められる。

2  小林の供述の検討

(一) 小林は、右認定のとおり、本件再審請求がなされる以前から、自己が本件の真犯人であつて請求人は何ら関与していない旨の供述をしており、更に当裁判所での証人尋問においても同旨の供述をしているところである。

(二) 小林が当裁判所において供述する本件犯行の態様は、本件確定記録によつて認められるその態様、即ち、電話で白井商店に民宿梶清の名を使つて缶ビール五〇ケースを注文する一方、浜一食堂の経営者勝間田治に仕入れすぎたビールを安く売りたいともちかけたうえ、梶清のライトバンを使用して白井商店から二回にわたり注文した缶ビール合計五〇ケースを積み出し、勝間田のもとにこれを運び込んで換金処分したとの事実に合致しており、また、その犯行状況等の詳細についても白井昇、白井光子、勝間田らの供述するところと概ね符合しており、特段の矛盾は認められない。

ところで、請求人が小林を伴つて大井警察署に出頭した状況についてみるに、当裁判所における請求人本人の供述によれば、請求人は後記の小林に梶清の車両を貸したとの佐々木の供述により、本件が小林の犯行によるものとの確信を抱いていたことから、服役後、同人が立ち寄ると思われた競馬場等を捜し歩いていたところ、大井競馬場で同人を見つけ出し、警備員詰所へ連れていつたというものであるが、証人平川健太郎及び同坂東史郎の各供述によれば、その際小林は相当興奮した状態にあり、いつたんは逃走を図るなどしたことが認められることから、同人にとつては警察につき出されることが意外な事態であつたことが窺われるのであつて、請求人と小林が事前に打ち合わせて出頭した形跡は認められないところである。また、小林が犯行状況等について白井昇、白井光子及び勝間田治らと話し合つたことがないことは勿論、他からは知る由も無かつたのであるから、小林の供述した右犯行態様その他の犯行状況が本件詐欺の犯行のそれとよく合致するということは、小林が右犯行の犯人でないかとの強い疑問を生じさせるものと言うべきである。

(三) 一方、原審証人佐々木寿の供述、同人の検察官(昭和五七年三月二九日付)及び司法警察員(昭和五六年九月一日付)に対する各供述調書によれば、梶清の経営者である佐々木は、本件犯行当日の午前九時ころ、小林から白井商店にビールを注文するよう依頼され、これを断つたところ、暫くして、同人から車を貸してくれるよう依頼され、同人に本件犯行に供されたライトバンの鍵を渡し、一時間程のちに返してもらったことが認められる。

右によれば、小林は確定記録によつて認められる本件の犯行の直前に、その犯行に供された車両を借り出し、犯行が終了した後に返還したことが明らかであつて、この事実は同人が本件を直接実行したか否かは別として、本件に関与していることを推認させるものというべきである。しかも小林は右車両を借り出す直前に、佐々木に対し、白井商店にビールを注文して貰いたいと依頼したというのであるから、小林が犯人であるとの推認はなお一層強められると言わざるを得ない。

(四) 以上の諸点のほか、小林の岐阜地方裁判所における詐欺事件の確定記録によつて明らかなごとく、同人は本件犯行の前後にまたがる昭和五六年七月一三日と同月三一日から翌八月一日にかけての二回にわたり、民宿梶清の名を使つて岩瀬商事から缶ジュース等を買掛名下に騙取したうえ換金処分するという本件と同態様の事件を敢行しているのであつて、この点も、小林が本件詐欺の犯人ではないかとの疑いを強めるものである。

そして、小林が本件犯行の時間帯に梶清のライトバンを借り受けていたことは前示のとおりであるところ、小林は、本件犯行当時自動車の運転免許を有していなかつたものの、かつてはこれを有していたことから、自己が梶清の車両を運転して本件犯行を単独で行うことは十分可能であると考えられることからすると、小林が単に本件に関与したというに止まらず、同人自ら右車両を運転して白井商店に赴き、本件を敢行したのではないかとの疑いが極めて濃厚である。

そうすると、前記小林の供述は相当に信用性が高いものと評価することができる。

三  請求人は、再審請求理由の第二として、請求人が本件犯行の日の前日である昭和五六年七月二七日に三和銀行阿佐ヶ谷支店において預金をし、また、犯行当日である同月二八日には、杉並電話局において電話の移転の申込をしている事実があるとするので、以下この点について検討を加える。

1  前掲日本電信電話公社杉並電話局第一営業課長古田壽一の名刺写の裏書部分、同電話局の請求人名義の新規・移転申込書(局控用)謄本、三和銀行阿佐ヶ谷支店の請求人名義の総合口座通帳写、同銀行同支店の請求人名義の普通預金・総合口座お預入れ票写、証人水越紀六、同鈴木義則の各供述によれば、昭和五六年七月二七日、請求人名義で三和銀行阿佐ヶ谷支店において金七万五〇〇〇円がその口座に入金されていること、また、翌二八日、請求人名義で杉並電話局に、以前局預けにしておいた電話を阿佐ヶ谷に移転するための申込がなされていることが認められ、更に鑑定人吉田公一作成の鑑定書によれば、右請求人名義のお預入れ票と電話の新規・移転申込書の各申込人記載の部分はいずれも請求人の自筆によるものであることが認められる。

2  ところで、確定記録によれば、本件犯行は事前の白井商店に対する電話での注文や梶清からのライトバンの借出し、犯行後の勝間田への被害品の処分をも含めてみても、昭和五六年七月二八日の午前中に行なわれていることが明らかであるが、東京下田間の距離関係や交通事情を考えると、請求人が七月二七日に三和銀行阿佐ヶ谷支店で預金の預入れをし、その日のうちか翌二八日早朝に下田市内を訪れ、本件犯行を行つたのち、再び東京に立ち戻つて杉並電話局で電話の移転申込をすることは全く不可能なことではない。しかも、請求人自身が前記お預入票や電話の申込書に氏名等を記入したうえ、第三者をして預金や電話の申込を行わしめることも可能であつて、右の事実のみから、請求人に完壁なアリバイが存在するとは断じ難いところである。

しかしながら、本件は、被害額が二二万二〇〇〇円で、犯人が騙取した缶ビールを換金処分したことにより得た利得が一八万円という事犯であることからすると、当時の請求人の生活状況などを考慮に入れても、費用と時間を要する右のようなアリバイをわざわざ作出すること自体不自然であるうえ、請求人は、本件で逮捕されたのち、捜査及び原審公判を通じ一貫して右銀行と電話局を訪れた事実を主張しており(なお、もし請求人がアリバイを作出したのであれば、その点について当初から明確にし得たはずであるのに、その供述は日時や内容について正確性を欠くものであるばかりか、捜査段階及び原審公判廷においてはその立証を断念しているふしも見受けられるのであつて、請求人がアリバイを作為したとは考えられない。)、本件全証拠によっても、請求人が第三者をして右預金と電話の移転申込を行わしめた事実も窺われないことを併せると、請求人自身がこれを行つたとみるのが自然である。

そうすると、請求人は本件犯行の前日である昭和五六年七月二七日から犯行当日である同月二八日にかけて東京都内にいたものであつて、本件犯行の時間帯に犯行場所である下田市内にはいなかったと推認するのが相当である。

3  以上に検討したところによれば、本件犯行は小林昭三によつてなされたものであるとの疑いが強くもたれるものであり、他方、請求人は犯行当時、犯行場所である下田市内にはいなかつたことが推認されるところである。

四  そこで、更に進んで証人白井昇、同白井光子、同勝間田治の各供述の信用性について検討することとする。

1  白井昇、白井光子、勝間田治の供述内容と供述に至つた経緯について

白井昇作成の被害届、白井昇の検察官(二通)、司法警察員(二通)及び司法巡査に対する各供述調書、白井光子の検察官(二通)及び司法警察員に対する各供述調書、勝間田治の検察官、司法警察員及び司法巡査に対する各供述調書、本件確定記録、当裁判所における証人白井昇、同白井光子、同勝間田治、同田村哲史、同富岡勝三の各供述によれば、

(一) 前示のとおり、昭和五六年八月七日、天野雄二の申告により本件と岩瀬商事の詐欺事件が下田警察署に発覚し、同日、白井昇は被害届を提出したが、右被害届及び同人の同日付警察官調書において同人は、犯人の特徴について、「年齢五〇歳位、身長一・七メートル位、体格がつちり型、角顔、帽子着用、上衣ランニングシャツ、灰色ズボン」と指摘していたこと。

同署においては、天野雄二の供述などから、犯人は天野の売店で稼働していた小林と請求人であるとの見通しがついたが、小林については人定事項が特定できず、請求人については、元の勤務先に照会するなどして人定事項を特定することができたため、同月二五日、請求人の写真と他五名の者の写真をあわせて写真帳が作成されたこと。なお、右写真帳には、小林の写真は含まれていないこと。

(二) そこで警察官が白井昇、白井光子、勝間田治に対し、それぞれ右写真帳を示したところ、三名とも請求人の写真を指示したことから、同年九月一日勝間田治の、翌二日白井昇の本件犯人が請求人である旨の供述調書がそれぞれ作成されたこと。

(三) 請求人は昭和五七年三月八日に逮捕されたが、右三名は、勾留中の請求人を透視鏡で見たり、請求人と直接面談したのち、同月九日白井昇、白井光子の、同月一二日勝間田治の司法警察員に対する右同旨の各供述調書が作成され、また、同月二九日には、検察庁においても面通しが行われ、同日白井昇、白井光子の検察官に対する右同旨の各供述調書が作成されたこと。

(四) 昭和五七年五月一〇日、原審公判において、証人白井昇、白井光子の両名は、本件犯人が請求人であることにつき間違いない旨供述し、また証人勝間田治は被害品を換金処分しにきたのが請求人であると一〇〇パーセント断言することはできないが、警察で写真を見せられ直感的にそうだと思った旨供述していること。

(五) その後、白井昇、白井光子の両名は、昭和五九年一月二六日、岩瀬商事の件で勾留中の小林と面通しを行い、更に同月二七日、検察官から小林と請求人の顔写真を含めた写真帳を示されたが、小林とは初対面であつて本件には関係がなく、本件犯人は請求人に間違いない旨の供述をし、また勝間田治は、同月二八日、検察官に対し、右写真帳を示されたうえで、小林と請求人はいずれも浜一食堂に食事に来たことがあつて、顔見知りであるから両名を見誤まる可能性はなく、被害品を持ち込んだのは請求人に間違いない旨の供述をしていること。

(六) 白井昇、白井光子の両名は、当裁判所における証人尋問においても右同旨の供述をしているが、勝間田治は同証人尋問において、断言はできないが、現在でも請求人であるような気がする旨供述していること。

以上の各事実が認められる。

2  白井昇と白井光子の両名は、本件の捜査段階から当裁判所での供述に至るまでいずれも右のとおり一貫して請求人が犯人であると断定し、また小林については犯人でないとしている。

しかしながら、右両名は、本件犯行時には請求人とも小林とも面識がなく、犯人と応対したのは、各一回づつのわずかの時間であるうえ、代金が後払であつたとはいえ、事前に電話で、以前から取引のあつた梶清の者である旨告げられていたし、犯人が梶清の車両で白井商店を訪れたため両名とも犯人に何ら疑いを抱いていなかつたのであるから、右短時間の間にことさら犯人を注意深く観察してその人相等の特徴を把握したものとも考え難いところである。そのうえ、白井昇は、当裁判所において「写真帳をはじめて見たとき、ビールを渡した男がこの中にいるかどうかわからなかつたが、よく見たところ六枚の写真の中では顔の輪郭が一番似ていたので 〈4〉(請求人)の写真を示した」旨供述していることからすると、右両名は、捜査の初期段階から小林の顔写真が含まれていない写真帳を示されたことによつて、その中にあつた請求人の顔写真が記憶に刻み込まれ、しかも、請求人と小林とは、実際に二人を並べてみると、その受ける印象は明らかに異なるものの、年齢が七歳しか違わず、両名とも身長が一・七メートルを超える大柄な体格であることから、右の写真による面割りに加えて、請求人と直接面談したことにより一層確信をもつて前示のような断定的供述を繰り返すに至つたものとみることもできないわけではない。

3  他方、勝間田治の供述するところは、前示のとおりであつて、本件被害品を換金処分した犯人が請求人であるとすることについてその供述内容に変遷、動揺がみられるところである。

ところで、勝間田は、天野らが開いていた売店の近くで食堂を経営しており、請求人と小林とは両名とも食事によく来ていたので、名前こそ知らなかつたが、顔見知りであつたことからすると、犯人と初対面であつた白井昇、白井光子に比べ、請求人と小林との識別がより正確になされるはずであるにもかかわらず、必ずしも請求人が犯人であると断定するに至つていないうえ、同人についても白井昇、白井光子におけると同様に、当初写真帳を示されたことにより写真の犯人像が予め強く印象づけられた結果、前示の供述をするに至つたとみられなくもないのである。

4  以上によれば、本件では白井昇ら三名が写真による面割り及び請求人本人に面通しをしているけれども、右面通しは犯行後七か月余りを経過したのちのことであり、写真による面割りで犯人の特定が全く正確であつて、請求人と小林とを混同するおそれが絶無であつたと断定するには躊躇されるうえ、当初の写真による面割りによつて写真の犯人像が固定化するに至つたため、請求人本人の面通しの際も請求人が犯人であるとしたのではないかとの疑いを払拭できないのみならず、白井昇ら三名のうちでは犯人を最も的確に把握しうるはずの勝間田治の供述に明らかな変遷や動揺がみられるのであつて、これらの諸事実は白井昇ら三名の前示各供述の信用性に疑問を抱かせるものといわざるを得ないのである。

五  最後に、冒頭に指摘した請求人の通常逮捕手続書中の請求人の供述記載について付言するに、右記載部分は本件詐欺の事実について告知され、これに対して請求人が応答したとの体裁がとられており、その応答部分の前段だけを読めば、請求人が本件について自認したようにもみられないわけではない。

この点につき、請求人は、当裁判所において、七月一三日の岩瀬商事から缶ジュース等を運搬したことを認めた趣旨である旨弁解しているところであるが、前示二ノ(四)のとおり、請求人は逮捕後一貫して本件犯行を否認しつつ、その一方で岩瀬商事の缶ジュース等を運搬した事実を認めていることや、右逮捕が前示二ノ(三)のとおり、本件犯行から七か月余りのちに請求人が運転免許の更新手続のため鮫洲試験場を訪れた機会になされたものであつて、請求人においては逮捕を予期しておらず右逮捕によつて周章狼狙したことが窺われること、請求人の右弁解を前提とすれば、前記応答部分の後段にある「友達から頼まれたので悪いことはしていないつもりです。」との記載とも辻褄が合い、前記記載部分全体を無理なく理解しうることなどを併せ考えると、右弁解は無下に排斥し難い。

してみると、前記通常逮捕手続書の請求人の供述記載は、一応自白の体裁をとつてはいるけれども、本件犯行を自白したものとは言い難いというべきである。

六  結論

以上に検討したところによると、弁護人指摘の前掲小林昭三の供述、日本電信電話公社杉並電話局第一営業課長古田壽一の名刺写、同電話局の請求人名義の新規・移転申込書謄本、三和銀行阿佐ヶ谷支店の請求人名義の総合口座通帳写、同銀行同支店の請求人名義の普通預金総合口座お預入れ票写は、他の全証拠と総合的に評価して判断すると、請求人を有罪と認定した確定判決の事実認定につき、その犯人が請求人ではなく、小林昭三ではないかとの合理的な疑いをいだかせ、その認定を覆すに足りる蓋然性があるものと認められるので、刑事訴訟法四三五条六号にいう「無罪を言渡すべき明らかな証拠」にあたるものというべきであり、また、右各証拠が、確定判決後あらたに発見されたもので同号所定の新規性を具備することは明らかである。

よつて、本件再審請求は理由があるから、刑事訴訟法四四八条一項、四三五条六号により、本件について再審を開始することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 八束和廣 嶋原文雄 生島恭子)

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